山中城

北条家の築城技術はすごい

東京方面から箱根新道経由で走り、箱根峠を南下すると、この日の目的地、山中城に到着しました。
天気は晴天。眺望が得られる山城の登城にはもってこいの気候です。

本日は息子と二人の男旅。
先日の鉢形城と八王子城で、山城の楽しさを知ってしまった息子は、出だしからテンション高めです。

山中城

見てください、この躍動感!
写真なので伝わりませんが、

「うおらああああああああ!」

という雄叫びを上げながら階段を駆け上がっています。
駐車場と管理棟がある国道1号を境に、二方向に遺構が伸びている構造の山中城。まずは本丸方面へと進みます。

田尻の池

山中城・田尻の池

進路通りに進むと、田尻の池にぶつかりました。
池は濁っていますが、鯉が泳いでいるのがわかります。
山城というのは水の確保が何よりも大事で、この山中城のいたるところで、水を確保する工夫が凝らされていました。主にこの池は、馬の飲料水として使われていたそうですね。

道が別れていたので、直進して二の丸、本丸と進むルートを選択しました。

山中城

季節も4月上旬で、まだ緑に色付いてない芝ですが、きちんと整備されていることが見て取れます。
当時も石垣は積まれず、土塁で区画されていたようですね。
鉢形城のときも感じましたが、往時の姿をそのままに感じられる遺構には、胸が踊ります。

二の丸から本丸へ

山中城

二の丸から本丸へと続く橋。
ここにも山中城特有の畝堀(うねぼり)が掘られています。

山中城

今は芝が生えていますが、当時は粘性の高いローム層がむき出しになった土で、甲冑姿で一度落ちたら、這い上がるのはほぼ不可能だったと言われています。また堀には水が溜められ、水の確保に活用されていたそうです。

堀を畝状にすることで、一度落ちた敵の横への退避も防ぐという、整った見た目とは裏腹に、極悪な仕掛けなのです。

山中城

本丸跡。特筆すべきものはありません。
この山中城は小田原北条家の築城技術が発揮された山城でしたが、小田原征伐の際は八王子城同様、圧倒的な戦力の前に、わずか半日で落城してしまいます。
あとでレポートしますが、豊臣軍対策として作られた出丸(岱崎出丸)も含めて、とても堅固な城だったはずです。兵力数が肉薄していたら、攻め落とすのは至難だったことでしょう。

山中城

「うおおおらあああああああああ!」

これを10回以上は繰り返していました。息子の体力、まだまだ衰え知らずです。

山中城

本丸の北側の橋を渡ると、北の丸。

本丸を南に下ると、弾薬庫と兵糧庫。

山中城

本丸から西の方を向いた景色。
さてそれでは、視界の先の西の丸の方に行ってみましょう。今日は天気がいいから富士山が見られるかな?!