大人が正しいとは限らない

私立の名門男子校であるトリニティ学院では、運営資金を調達するために、生徒がチョコレートを販売するのが恒例行事となっていました。
1箱1ドルのチョコレートを、1人25箱売ることが、毎年の決まり。しかし今年はなぜか、1箱2ドルのチョコレートを、1人50箱売ることになってしまいます。
理不尽な状況ながら、「学院が決めたことだから」と、例年通りチョコレートを売り始める生徒たち。そのなかで、たった1人だけ、「僕はチョコレートを売らない」と宣言する少年が現れます。

the chocolate war 映画より

Cineplex.com | The Chocolate War

ジュリーという名のこの少年は、初めは理由があってチョコレートの販売を拒否していました。
しかし、次第に学院のやり方そのものに疑問を抱き、自分の意思でチョコレートの販売を拒否し始めるのです。
彼の行動は、ほかの生徒にも影響を与えて、学院側は大混乱。私利私欲のためにチョコレートを販売させたい副校長と、その副校長から圧力をかけられた秘密組織の司令官・アーチー、そして断固拒否の姿勢をとり続けるジュリーとの、チョコレートをめぐる戦いが始まります。

このあらすじを読んだ人は、ひょっとすると、

「主人公の少年が生徒を味方につけて、副校長や秘密組織をやっつける勧善懲悪ものの小説だろう」

なんて思ってしまうかもしれませんね。
しかし、物語のラストに待ち受けているのは、そんなやさしい展開ではありません。現実は、いつだってそんなにうまくいかないということを、突きつけられるのです。

明確に描かれるイジメの図式

『チョコレート・ウォー』の中では、
権力を持った大人や、学院を牛耳る秘密組織が、「強者」の立場として書かれています。
学校という狭い社会では、どうしても強者の意見が優先されやすい傾向にあります。いえ、学校だけではないかもしれませんね。地域のコミュニティや会社、政治の世界でも、同じようなことが日々起こっています。
そうした環境の中で、反対の声を上げ続けるのはとても難しい。大多数の意見に呑みこまれてしまうか、無視されてしまうことの方が多いでしょう。
これは、年々エスカレートする一方の「いじめ」にも繋がる図式です。

the chocolate war 映画より

Romney Bullying Witness Interview Segueing to "The Chocolate War" Trailer - YouTube

強者は、ジュリーにさまざまな脅しをかけ、いやがらせをし、それにも屈しないとわかると、ついには力で解決しようとするようになります。正しくない大人に子どもが押しつぶされていく小説というのは、当時としては珍しく、アメリカで出版されるやいなや、排斥運動が起こりました。

「そうしたら、新入生があらわれた。ほんの子どもだ。やつがノーという。”ぼくはチョコレートを売りません”とな。シンプルじゃないか。美しいじゃないか。思いつきもしなかったぜ--チョコレートを売らないなんて」

ジュリーの前に立ちはだかるのは、強者だけではありません。理不尽をおかしいことだと「思いつきもしない」、あるいは「見てみぬふりをする」傍観者の生徒たちもまた、彼の前に分厚い壁を作ります。

先ほども述べたように、この物語のラストは決してハッピーエンドとはいえません。正しさを求めることがどれほど困難かということを、コーミアは伝えたかったのでしょう。しかし、一度立ち止まって考えてみることの大切さを、教えてくれる小説でもあるのです。

大人が言うことは本当に正しいか? 
みんなが当たり前と思っていることは、本当に当たり前なのか?
『チョコレート・ウォー』を読み終えたら、少しだけ角度を変えて、まわりを見つめ直してみましょう。

Amazon.co.jp: チョコレート・ウォー (扶桑社ミステリー): ロバート コーミア, Robert Cormier, 北沢 和彦: 本

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