とっさのときのための準備

共働きの親として、忘れられない思い出があります。

雪の積もった冬の日のこと。
当時小学3年生だった息子のクラスメートが急に亡くなったとのことで、学生たちは一旦帰宅してお通夜のために再登校することになったそうです。

「一旦帰宅して、お通夜にふさわしい格好で集合」

との意味だったようですが、学童クラブを利用する親はその時間は自宅にいませんから、子供の自己判断の格好で再登校となるのです。

息子が10歳の脳みそで精一杯考えた結果、くじら幕(葬儀の歳の白黒)が頭に浮かんだそうです。
亡くなったクラスメートに失礼にならないように、「白黒の洋服」を家中探して、ようやくひっくり返して見つけたのは白黒ボーダーのTシャツでした。もちろん半袖。
そして色付きのジャンパーは失礼だからと、寒い冬空の中、Tシャツだけで再登校したそうです。
正装用に、白いポロシャツや黒いトレーナーも買い置きしてあったのですが、息子にはそれを伝えていなかったんですね。

ただ3年生の息子に、失礼にならないように…と思いやる心が育っていたこと。
そして、仕事中の親に連絡して指示をもらうまでもないことだと、判断できる自立心が育っていたこと。

トンチンカンな白黒のボーダーTシャツでしたが、息子の成長を感じ、喜び、誇りました。しかし、そのときの息子の気持ちを思うと、いまでも泣けて泣けて仕方がありません。
とても辛く、反省すべき私の思い出です。
精一杯の判断を叱るようなことはしたくないし、10歳の子どもに「世間の常識」を教えるには、私の言葉がたりず、結果褒めることしかできませんでした。

今の時代、働く学童ママへ。
非常時の集合場所を確認しあうように、こんな些細な非常事態への備えもお忘れなく!

みんな同じように、同じ時期に成長期は来ない!

それぞれの成長期…年齢では計れないんだということを、私に教えてくれたのは金子みすゞさん。
小学生になったから、二十歳になったから、
そんな画一的なことで成長は計れないとわかっていたはずなのに、世間の足並み地獄にどっぷりはまっていた時期がありました。
足並みを揃えてくれない我が子に親は悩み、世間の口は無責任にいろいろ言う。
そんなときを乗り越えられたのは、「金子みすゞ 私と小鳥と鈴と」という詩のおかげでした。

私が両手をひろげても
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、
地面を速く走れない。

私が体をゆすっても、
きれいな音はでないけど、
あの鳴る鈴は私のように、
たくさんな唄はしらないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい

ー詩から引用

そうなんだ。
他と違ってもいいんだ。
当たり前のことなのに、どっぷり渦中にいると見えなくなってしまうのです。
この詩が、すーっと気持ちを軽くしてくれました。ありがとう、金子さん!!