「ことばを乱暴にしたり下品にしたりするとな、しぜんに心も乱暴になったり下品になってしまうもんだ。」

やがてルドルフは、ブチねこのブッチーと知り合い友だちになるのですが、そのブッチーからイッパイアッテナの武勇伝を聞きます。
中でも、イッパイアッテナが野良犬たちと大立ち回りをしたときの捨て台詞は、ルドルフの心を掴んで離しませんでした。

「ねえ、イッパイアッテナ。こういうのを知ってるかい。
口ほどにもねえやろうだぜ。二度とこのへんをうろついてみろ。こんどは両耳ちょんぎって、ドラえもんみてえなツラにしてやるから、そう思え!」

そういい終わるか終わらないかのうちに、いきなり、イッパイアッテナの手がとんできた。
バッチーン。

「な、なにするんだよ。」

「なにするんだよじゃねえ、どこでそんなことば、覚えてきたんだ」

「このせりふは、あんたがいったせりふだぜ。」

-中略-

「ルド、おまえ、このごろ、ことばがきたなくなったんじゃないか。そりゃあ、おれといつもいっしょにいるから、半分はおれのせいかもしれない。でも、なんでもかんでも、おれのまねをすりゃあいいってもんじゃない。ことばを乱暴にしたり、下品にしたりするとな、しぜんに心も乱暴になったり、下品になってしまうんだ。おまえいつか家に帰りたいんだろ。飼いねこにもどりたいんだろ。そんな下品になっちゃったねこを、おまえのリエちゃんがよろこぶとでも思ってるのかよ。え、どうなんだ。」

思い出します。
中学校にあがって調子こき始めた僕が、初めて母親に向かって「お前」と言ってしまい、強烈な平手打ちを喰らった日のことを。
どうしても子供は、刺激のある言葉を使いたがりますよね。
自分が子供の頃はなんとも思いませんでしたが、いま街中で小学生ぐらいの子供が「お前殺すぞ!」と言っているのを耳にすると、たとえそれが冗談だとわかっていてもドキっとしていまいます。

言葉や表現一つで、様々な争いが起こります。
言葉や表現一つで、様々な争いをいさめられます。
それぐらい言葉というのは大事なので、ルドルフが安易に汚い言葉を使ったことが、イッパイアッテナには許せなかったんですね。
イッパイアッテナはこう続けます。

「それからな、おまえがまねしたおどしもんくはな、そうそう安っぽく使うもんじゃないし、用もないのに、軽はずみに、口に出していいってもんじゃないんだ。はったりで使ったりしてはいけないんだ。あれは、おれがいぬとわたりあったときにいったせりふだ。あいつだって、好きでノラいぬやってたわけじゃないだろう。わかるだろ、ルド。」

ぼくはだまってうなずいた。

「わかればそれでいい。ぶったりして、ほんとうに悪かったな。」

ただ怒るのではなく納得をさせ、
しっかり自分の過ちも詫びる。
子育ての本質が、ここに詰まっている気がするのです。
少し行動の遅い店員さんに、たかだか1,000円ぐらいの買い物するだけで調子こいた口を聞いてると、それを見た子供はそういう大人に育ってしまいますよ。

子供を戒めているエピソードのようで、
教育されているのは大人なのかもしれません。