美術館や博物館、動物園や図書館、音楽ホールに芸術大学。
これだけの文化施設がそろっている上野公園は、世界に誇る文化地区といっても過言ではありません。

画像:9館が点在する上野公園

・上野の森美術館
・国立西洋美術館
・東京都美術館
・東京国立博物館
・恩賜上野動物園
・国立国会図書館 国際子ども図書館
・国立科学博物館
・東京藝術大学
・東京文化会館

この上野公園を舞台に、東京都美術館と東京藝術大学の連携により、アートを介しコミュニティを育む取り組みがすすめられています。それが、上記の9つの文化施設が連携して展開される、「Museum Start あいうえの」です。

今回は、美術館に集まる多種多様な人びととのコミュニケーションから生まれる「Museum Start あいうえの」と、それと連動した「とびらプロジェクト」について、東京藝術大学特任准教授の伊藤達矢さんに貴重なお話を伺ってきました。

家でもない、職場や学校でもない、3つめの場所をつくろう

「とびらプロジェクト」についてお聞かせください

東京藝術大学と東京都美術館の連携事業「とびらプロジェクト」は、美術館で人と人、人と作品、人と場所をつないで生まれる新たな価値を、社会に届けていこうというプロジェクトです。

東京都美術館は、「アートへの入口」となることをミッションに掲げていますが、これは、こどもたちが美術館に訪れたり、芸術家の卵が初めて作品を出品したり、障害のある人が何のためらいもなく来館できるような美術館となることを意味しています。
こうした、美術館に訪れた人が、新しい価値観に触れ、自己を見つめ、世界との絆が深まるような、いわばアートを介した「創造と共生の場=アート・コミュニティ」づくりは、近年の美術館の重要な課題だといえます。

もっとも、人びとのこころのよりどころとなる美術館を実現する先には、作品を創造する人、そしてそれを享受する人をふくめ、人びとのクリエイティブな力が活きる社会の構築がめざされています。
そこで、東京藝術大学は、市民が芸術に親しむ機会の創出に努め、芸術をもって社会に貢献するというミッションをもって、東京都美術館と連携することとなったわけです。

写真:「幅広い世代が参加しているとびらプロジェクト」

「とびらプロジェクト」の活動は、125名のアート・コミュニケータ(愛称:とびラー)と展開しています。
一般市民から毎年40名のメンバーを募り、20代〜60代の幅広い層で構成されるとびラーは、国籍も職業もバラエティに富んでいます。
「とびラー」は、ボランタリーな活動なんですが、与えられた役割だけではなく「自分たちで働き方を創造していく」という点が、従来のボランティアとは大きく異なっています。
その点を意識して、私たちは「とびらプロジェクト」という一つの事業を展開する中で、多様な背景を持つとびラー同士がチームになった時に、美術館でどういう活動を行うことができるのかを考えて、プロジェクトに取り組んでいます。

写真:伊藤達矢さん(東京藝術大学特任准教授)

「とびらプロジェクト」では具体的にどのような活動をしていますか

「とびらプロジェクト」では、学ぶコトと現場で実践するコトのサイクルによって活動が展開されていくことが重要だと考えています。

とびラーは、まず新しいコミュニティづくりの基本を学ぶ全6回の「基礎講座」を履修します。
この講座では、いわゆる話し方や接遇などについては触れません。その代わりに「きく力」について考える時間を多くとっています。多様な声を「きく力」は、100人を超える多様なとびラーたち同士の、コミュニケーションのベースになる力だと考えているからです。

写真:基礎講座の様子

「基礎講座」が終ると、より実践的な活動の場面を想定した3つの「実践講座」(鑑賞実践講座や、建築実践講座、障害のある無しに関わらず人びとが美術館にアクセスしやすい環境について考えるアクセス実践講座など、学んだことを美術館の現場で実践出来る講座)を選択制で受講することができ、東京都美術館のミッションと東京藝術大学からのメッセージの理解を深めてゆきます。

こうした講座で学びながら、とびラー同士が自発的にミーティングを開催して、新しいプロジェクトの検討と発信が行なわれる場が設けられます。
このような、とびラー同士のゆるやかなコミュニケーションの場を、私たちは「とびラボ」と呼んでいます。

「とびラボ」では、新しいアイデアがひらめいたとびラーは、
「この指とまれ!」で他のとびラーを集めて小さなチームをつくります。
3名以上集まるとチームが成立します。そして、「そこにいる人が全て式」で、はじめのアイデアに他のとびラーや学芸員や大学教員らのアイデアを重ね合わせ、よりブラッシュアップされたアイデアにしてゆきます。チームの中でトライ&エラーがたくさん発生することによって、コンパクトなサイクルでたくさんのコミュニケーションが生まれて行きます。
これは、とびラー同士のコミュニケーションの機会を増やすことにもつながり、新しい価値を醸成することにもつながると考えています。

写真:とびラボの様子

年齢や職業、価値観が多様な人たちが誰かのアイデアをきっかけに集い、対等な立場で対話をすることは、文化を介したコミュニティづくりにとって、とても大切な振る舞いであると捉ええています。
この「とびラボ」と呼ばれるミーティングは、年間約300回も開かれているのですが、基本的にはリーダーを決めず、常にフラットな関係で対話や活動が進められています。

こうして、とびラーオリジナルの活動が実施されてゆきます。
さまざまな対応や状況への理解を深める視点を大切にする、「とびらプロジェクト」ならではの手法です。

写真:あなたも真珠の耳飾りの少女

「とびラボ」から実現した企画には、「あなたも真珠の耳飾りの少女」プログラムというのがありました。
この企画も、美術館が企画したことのサポートをお願いしたわけではなく、彼らが企画立案したものです。
必ずしも全部のアイデアが実施できるわけではないのですが、スタッフが「それ本当にやるの?」と思っていることが本当に実現してしまったりすることもあります(笑)

とびラーは、何曜日に来なきゃいけないといった決まりもないので、活動のスケジュールもとびラー自身が決定していきます。とびラーの美術館を拠点とした活動が充実したものになるように、とびラー自身の自主性と学びのサイクルをサポートする環境を整えていくのが運営側の役割です。

有機的に形成されるとびラーのコミュニティについてお聞かせください

コミュニティづくりは、とびラーの重要な役割の一つです。
日本のコミュニティに関して言えば、昔は地域の人びととの繋がりが深かったのですが、現代では年齢や趣味が共通するなど、比較的限定的なコミュニティにしか持たない人が増えていると思うんです。

東京のような大都市でも30代の人が孤独死するケースがあるように、コミュニティに属せない人々が社会的な弱者になりつつあるのも現状です。SNSもたくさん利用されていますが、どうしても表面的な情報の交換にしかならない側面があります。
ですので、私たちとしては、リアルな場所で多様な人々と出会った上で「あなたと私は違うよね。」というように、互いの価値観の違いを許容しながらも、共に何かを生み出せる関係性を見つけて行きたいと思っています。そして、その場所として、美術館を提案したいと思っています。
とびラーたちが「とびらプロジェクト」で得た価値と経験を自身のコミュニティに持ち帰って、それぞれのコミュニティを繋いでいく人たちとなってくれれば、もっと多くの人が潜在能力を発揮しやすい社会になるのではと期待しています。

とりわけ災害時には、地域に強いコミュニティがあることが、人々にとって何よりのセーフティーネットになります。現代の社会の中で、そうしたコミュニティが育まれてゆくためにも、多様な価値を尊重し合うことは大切なことだと思っています。
ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)という言葉がありますが、まさに「とびらプロジェクト」は、文化芸術によってソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)に寄与してゆくことなのです。