大人気の「マチトム」シリーズとは?

うちの子は本を読むのが嫌い…
そうお悩みの方は多いのではないでしょうか。
小学校高学年になるまで、本を全く読まないでいた子供は、そもそも活字に目をやるのが苦手。
とはいっても、今さら絵本からは始められません。

それを解決するためには、高学年の子供たちのハートをがっちりキャッチして、先が読みたくてグイグイのめりこむ物語が効果的!『都会のトム&ソーヤ』はぴったりの作品です。

ふつうの中学生ではない、内藤内人&竜王創也

主人公・内藤内人は、ごく普通の中学二年生。
その相棒となる竜王創也は、超巨大企業・竜王グループの御曹司。

ひょんなことから、創也の秘密基地「砦」の出入りを許可された内人は、これまでの生活では出会わなかった人々と交友を持ったり、危険な目に遭ったりすることになります。
それは、創也の夢であるゲームクリエイターになることであり、伝説のゲームクリエイター集団「栗井栄太」に近づくという理由のためでもあります。

『都会のトム&ソーヤ』が男子読者の人気を得たのには、さまざまな訳があると思います。
筆頭にあがるのは「ゲーム」でしょう。小学生にも中学生にも、とても身近な言葉で、日々の生活になくてはならない遊びといえます。
図書室の椅子で姿勢を正して読むにしても、家のソファで寝ころがって読むにしても、本の中身がゲーム関連なのですから、読書が退屈するはずがありません。

次にあげるとすれば、内人と創也のキャラクター設定です。
一見、どこにでもいる普通の中学生・内人ですが、窮地の場面では祖母の知恵を応用して見事に抜け出してみせます。

1巻では栗井栄太を探すために、内人と創也が下水道を歩く様子が描かれています。
マンホールオープナーという道具を持ち忘れた創也に代わって、内人はデイパックから取りだしたナイフと買い物袋、小枝に石を使って頑丈なマンホールをずらすのです。
実行する直前に、幼かったころの祖母との出来事を回想するシーンがあります。

小さかったときのことだ。
ぼくは、おばあちゃんに山へつれていかれた。
すると、大きな岩を前にして、おばあちゃんがいった。

「内人、ここにある道具を使ってこの岩を割るには、どうする?」

おばあちゃんがだしてくれた道具―ハンマーには、たがね(「たがね」って知ってる? 太くて大きなマイナスドライバーみたいなやつ)。それに、ナイフ。

(中略)

「ぜったいむりだよ。こんな小さなたがねじゃ、ヒビしか入らないよ」

すると、おばあちゃんは二カッと笑って、

「ぜったいにむりなんてことばは、そうそう使うもんじゃないよ」

っていった。そして、落ちていた木の棒を何本かけずり、岩のヒビにさしこんだ。
棒には、ナイフで何か所も傷をいれてある。

「あとは―」

おばあちゃんは、水筒のお茶を木の棒にかける。

「これでよし。じゃあ、岩が割れるまで、もうすこし散歩してこようか」

そして、おばあちゃんについて、さらに山のおくへ入り、二時間ほどして帰ってきたら―。大きな岩は、真っ二つに割れていた。
―1巻本文引用

創也との冒険は危険を伴うことが多いにもかかわらず、それらを予想しているはずの張本人(創也)が立てる計画はツメが甘くて、ふたりはたびたびピンチに見舞われます。
けれど、内人が自然のなかで培ってきた祖母との思い出が機転となって、力を使わずにマンホールをずらしたりすることができるのです。
そんな内人のことを創也は一目置いていて、出会う人々に次のように話します。

「どういう育てられ方をしたのか、いかなる状況でも生きて帰ってこられる、史上最強の中学生なんです。彼とつきあってると、いやでも危険な冒険にまきこまれます」

(中略)

「でも、その冒険が楽しいんです。コンピュータゲームも楽しい。でも、内人くんとの冒険は、それ以上に楽しいんです」

―2巻本文引用

竜王グループの御曹司・創也のキャラクターは、もちろん強烈です。
ふつうの中学校に通ってはいるけれど、お目付役の二階堂卓也がいたり、秘密基地「砦」を所有していたりと、読者にとっては遠い存在の登場人物かもしれません。
学校はじまって以来の天才、しかも容姿端麗という設定です。

けれど、クラスメイトのピンチを救ったり、内人の片想い相手・堀越美晴とデートするためのプランを練ってあげたりと人情味あふれる場面も描かれています。
ゲームクリエイターを目指す一面をのぞいても、文面からさまざまな情報が与えられているので、読者はあらゆる方向から創也を形作ることができるのです。

創也を語るうえで忘れてはいけないのが、紅茶通ということ。
「砦」には紅茶を淹れるための必要最低限の道具がそろえられていて、考えが煮詰まったときやほっと一息つくときに茶葉を取りだしています。
内人が初めて「砦」を訪れたとき、創也が紅茶を振る舞いました。

茶葉をティースプーンで二杯半いれる、真剣な顔の創也。
カセットコンロの横にティーポットをおき、ヤカンのお湯をすばやくいれる。そして、キルト地のカバーをかけた。

「なんなの、それ?」

ぼくは、カバーをゆびさしてきく。

「ティーコゼーだよ。ティーポットが冷めないようにね」

(中略)

キッチンタイマーがピコーンピコーンと鳴り、創也がカップにお茶をそそぐ。
あたたかい湯気といっしょに、ダージリンティーの香りがたちこめた。

「飲んでみたまえ、おいしいから」

―1巻本文引用

読み始めは気障な奴としか映らない創也ですが、巻を追うごとに親近感がわいてくることでしょう。
男子中学生を主人公にした物語に紅茶を登場させるというミスマッチも、『都会のトム&ソーヤ』らしさといえます。
YA世代にとって必須とされる部活や恋愛ではなく、ゲームを題材にしている点でも異色の本といえるでしょう。

著者・はやみねかおるって、どんな人?

『都会のトム&ソーヤ』では巻末に著者の後記と作品リストが付いています。
後記には、作品の紹介と完成までの経緯がしゃべり言葉で語られていて、読めば読むほど、はやみねかおるの人柄が伝わってきます。

『冒険』ということばを聞くと、四十歳を目前にしたぼくでさえ、ワクワクします(「血湧き、お肉躍る」という表現が、ぴったりです)。
「時間がない。場所がない。仲間がない。きっかけがない」―そう思って、冒険するのをあきらめてませんか? この物語を書いていて思ったのですが、冒険は、『冒険する心』さえあれば、いつでもどこでもできるものなんですね。

―1巻あとがき引用

親がうざい、学校がめんどくさい、勉強しても意味がないというフレーズを繰り返している男子小中学生とはちがって、とても前向きな書き出しです。
教師時代もあったという著者は、この年代の子どもが何を求めているのかがわかるのでしょう。ブログは後記以上におもしろく、近況がわかるほどに更新されています。顔文字を多用することによって、読者との距離をぐっと縮めているようにも思えます。

読書=成績が上がるではありませんが、読書をすることで自分の世界が広がることは言わずと知れた事実です。
けれど、「本を読もう!」の声かけでは子どもたちは動いてくれません。
読書の楽しさを知らない子には、ワクワクする本を手渡すことが先決です。

では、ワクワクする本とはどのようなものでしょうか。
題材や文法も大切かもしれませんが、ページをめくる手をとめられない物語こそが、小学校高学年にとっては必須の条件だといえます。
読書が「つまらない」から「おもしろい」に変わったとき、子どもは次に読む本を勝手に探しています。
『都会のトム&ソーヤ』は、これから読書を好きになってもらいたい子、読書の楽しさを知らない子にプレゼントしたいシリーズです。